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紫色の月光

紫色の月光

第三十八話「愛に年の差なんて~」

第三十八話「愛に年の差なんて関係ないわ!」



「う~、トイレトイレ……」

 今、公園のトイレに全力疾走で駆け込もうとしている俺は、少し末期と言えるごく一般的なオタク。強いて違うところをあげるなら、泥棒やってるってことかな?
 名前はエリック・サーファイス。

「?」

 ふと見ると、公園のベンチに一人の体格のいい男が座っていた。

(ウホッ! いい警部……)

 そう思った、その瞬間だった。

「!」

 突然警部は、俺の見ている目の前で使い込まれているボロボロのコートを脱ぎ、更には上着の第一、第二ボタンと、次々とボタンを開け始めたのだ……!

 そして、最終的には上半身の逞しい肌がむき出しになり、ズボンから顔を覗かせている手錠を俺の目に焼きつかせてから、警部はこういった。

「やらないか?」








「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

「うお!?」

 目を見開いたと同時、突然奇声を上げつつ飛び跳ねるエリック。バスの中で乗客全員(隣のマーティオ含め)から白い目で見られてしまった。

「おい、バスの中で昼寝するのは別に構わんが、派手な奇声をあげるな。恥ずかしい」

 隣のマーティオがとても迷惑そうに(実際迷惑なのだが)エリックを睨むが、エリックは先程の夢が未だに脳裏に焼きついているらしく、身体中汗だくだった。

「お、お前……今、俺がどんな夢見てたと思う?」

 精神面に相当なダメージを受けたらしく、エリックの身体はガタガタと震えて止まらない。だが、そんな状態だろうが容赦しないのがマーティオと言う男である。

「知るか。所詮夢は夢でしかない……他人の夢に興味を持つほど、俺様も子供じゃねーんだ」

「警部に抱かれかけたんだぞ……」

「普段手錠かけられそうになってるから、抱きつかれて身体全体の動きを停止する、と言う意味では現実でも起こりえるな」

 あくまでも冷静に反応するマーティオ。
 だが、当のエリックはもうそれどころじゃなかった。

「お前、警部みたいなおっさんに公衆トイレに連れ込まれて、後はアッー、としか言いようが―――」

「……エリック。ここがバスの中だと言うこと忘れるな」

 エリック・サーファイス。
 本日二度目の視線の雨嵐を受けた瞬間だった。






 エリックがウォルゲムを掘った――――――もとい、貫き倒してから早一週間。アルイーターが団長軍団に取り入れられる前に話は遡る。
 
 裏組織イシュを事実上壊滅に追い込んだ張本人、エリック・サーファイスとマーティオ・S・ベルセリオンは、昔活動拠点にしていたオーストラリアにいた。

 あのフェイトの衝撃の正体発覚から色々と意見を交し合った結果、取りあえず必要な荷物を纏めてから、宇宙船を探そう、という結論に至った訳だが、エリックとマーティオの主な荷物は全て、この地での協力者、ニックの部屋に置いていったままなのだ。

 ゆえに、この二人は一度ニックの部屋に戻り、そこで改めて必要な荷物を纏めてから再び出発しようというプランを立てていた。

 立てていたのだが、

「……………」

 実に約1年ぶりとなるニックの部屋へと通じる扉。
 その鍵穴部分に『探さないでくださいbyニック』と書かれた張り紙が貼り付けられていた。

「……あのクソじじい。バッドタイミングで逃げやがったな」

 わなわな、と震えながら張り紙を八つ裂きにするマーティオ。
 しかも、よく見ると既に部屋自体売り飛ばされているではないか。

「ちょっと待てちょっと待て! じゃあ、ニックの部屋に置いてきた俺の積みゲーは!? ノートPCは!? フィギュアにマンガ、ラノベとかは!?」

「部屋と一緒に消えたんだろうよ。クソ爺、何考えてやがる……この俺様の楽しみにしておいたポテチを食っていたら八つ裂きにしてやる……!」

 それぞれ怒りのオーラを撒き散らすエリックとマーティオ。
 オーストラリアでの活動拠点がこの部屋だっただけに、大半の荷物を置いてけぼりにしてしまっていた。当然、部屋の主であるニックがちゃんと管理しているものだと思っていた二人なのだが、その考えはあっさりと裏切られてしまった訳である。

「あのー」

 そんな怒りに燃える二人に、小声で話しかけてきた人物がいた。
 
「あん?」

 このイライラした気持ちを抑えられずに、話しかけてきた人物を睨むマーティオ。その怒りのこもった刃のような鋭すぎる目つきは、見た者を問答無用で恐怖のどん底に叩きつける。

 だが、そんなマーティオの睨みに怯みそうになりつつも、その人物は尋ねた。

「もしかして、ニックさんのお知り合いでしょうか?」

「一応そういうことになるけど……誰、あんた?」

 エリックの当然な疑問を受けたその人物は、ああ、と何かに気付いたような顔をしてから答える。

「申し遅れました。僕、リドン・カードルンと言います。実は、以前ニックさんに助けていただいたお礼をしたいんですが……」

 ちらり、と横目で今は空き家となっている部屋に目をやるリドン。

「見ての通り、何時の間にか部屋からいなくなっちゃいまして……」

 見たところ何処にでもいそうな普通の青年であるリドンだが、彼を見てエリックはちょっとした違和感を感じた。

(ん? 何だコイツ……何で頬が微妙に赤いんだ?)

 まあ、そういう体質なんだろう、とあっさり自己解決させると、リドンは二人に問う。

「どうしてもお礼がしたいんです。ニックさんの電話番号か何か、ご存知でしょうか?」

 そういわれてみれば、確か携帯の番号は登録していたはずだ。
 そう思ったエリックは素早く携帯に手をかけ、ニックへと電話する。

「………お、ニックか? そう、俺だ。えりっ―――」

 数秒の待ち時間を置いて電話に出たニックとの会話を始めるエリックだが、ソレを強引に横からマーティオがひったくる。

「ヘイ、ニック。早速だが、死ね」

『な、何でー!? ワシ、君に対して何かしたかなー!? と言うか、久々に会話する老人に対しての第一発言がソレー!?』

「喧しい。兎に角、耳の穴の中をかっぽじってよーく聞きやがれ。貴様の死因、それは――」

 マーティオは今にも携帯にヒビが入りそうな程の力を込めつつ、言い放つ。
 一切の容赦なし、何時もの調子で。

「貴様は俺を怒らせた」

『だから何故にホワイー!? 取りあえず、諸事情でワシ引っ越しちゃったけど、二人の荷物は全部纏めてこっちにあるよー!?』

「………物置においておいた薄塩のポテチ、あれはどうなった?」

『薄塩のポテチ……ああ、あれね。引越しで疲れたから、食べちゃった☆。許してちょ♪』

 恐らく、電話の向こうではペコちゃんマークみたいな表情をしているのであろうニックの表情を思い浮かべた後、マーティオは静かに呟いた。

「死ね」

『うわあああああああああああおう!! お茶目な老人の命がけのギャグも通じないのですか最近のマーティオはー!?』

「俺様は至って普段どおりだ。で、さっさと新しい住所を吐け。さもなくば、京都で習った藁人形の餌食にしてくれる」

 その発言を前にニックが急に敬語になり、そのまま新しい住所を喋りだしたのは言うまでもない。







 ニックの新たな住まいは、ぶっちゃけるとどうやって資金調達してやがるこの老人、と思える程豪華な家だった。
 以前の住まいもかなり豪華だった訳だが、今回は明らかに規模が違う。
 1000人以上が通うマンモス校がそのまま入ってもまだ余りある敷地。家自体はどういうわけか四階まで見える。
 挙句の果てには室内がまるでスポットライトでも浴びてるかのような輝きよう。しかも散らかしているエロ本までソレに混じって輝いてるんだから不思議である。

 兎に角、何もかもが豪華すぎた。
 大富豪特集とか言うのがあれば、間違いなく出てきそうな巨大な家なのだ。寧ろ、今エリックたちが何かを盗んでも全く違和感が無い空気まで流れている。

「……ニック、オメー何時の間にこんな大金手に入れやがった?」

 唖然とする三人の代表としてマーティオが問うと、ニックはさも当然と言わんばかりに大笑いしつつ答えた。

「はっはっは、いや何。以前お前さんたちが盗んできた代物をちょちょーいっと金にしてみたら、結構―――」

「OK、やっぱ死ね」

 言うと同時に、即座にナイフを取り出すマーティオ。
 それを見たエリックとリドンの二人はすぐさまマーティオを取り押さえ、彼を落ち着かせる。

「まあ、落ち着けマーティオ。積もる話もあるだろうし、今は上がらせてもらおうじゃないの」

 エリックが言うと、ニックも笑いながら言う。

「その通り。折角の再会なんじゃから、ゆっくりと話でも――――し、ようじゃないかなー、あれー?」

 だが、途中で何かに気付いたのか、ニックは段々と言葉が棒読みになっていく。
 見ただけで分るが、かなり動揺している。額からは汗が吹き出て、挙句の果てには身体まで震え始める始末である。
 何事か、と思いエリックとマーティオが怪訝そうな目つきでニックを見る。
 すると、がたがたと震えるニックに、横にいる好青年がイキナリ抱きついてきたではないか。

「!!!?」

 青年、リドンが放つ怪しげな(妖しげな)オーラを前に、思わずビックリ仰天のエリックとマーティオ。そして、抱きつかれたまま固まるニック。

「良かった……本当に、もう会えないと思いましたよ。ニックさん!」

 リドン青年はニックに抱きついたまま、何故か頬を染め、しかも涙まで流していた。
 この状況を前に、誰が戸惑わないことが出来るだろうか。常に自分のペースで行動するマーティオでさえ、この事態には流石に唖然とするしかなかった。

「……な、なんで君もいるのかなリドン君ー?」

「え……? だって、助けていただいたニックさんにお礼を言うのは、当たり前のことじゃないですか」

 さも当然、と言わんばかりに笑顔で答えるリドン青年。
 
 だが、誰の目から見ても、彼の目は恋する乙女のそれにしか見えなかった。






 ニックの話によると、彼がリドン青年と出会ったのは今から半年ほど前。

 何時ものように公園で散歩をしていた、そんな普段と変わらない日常を満喫していた時に、喜劇とも悲劇とも言える出会いはあった。
 偶然、ガタイのいい男に追われている好青年がこちらに向かって逃げて来て、ニックに助けを求めてきたのである。

 見知らぬ青年だった訳だが、ニックは比較的優しい老人だった。エロいけども、優しい人は優しいのである。
 その優しい方程式によって導き出された結果としては、ニックは何時の間にか作り上げていた発明品でガタイのいい男から青年を守り抜き、青年にお礼を言われたのである。
 
 ニックとしては、この青年が絶世の美女だったら正しく文句のない展開だった訳だが、やはりお礼を言われると言うのは気持ちのいいものである。
 ぶっちゃけると、大満足だったのだ。

 この時までは。

 何時までも頭を下げる青年に対し、もういいから、と言い残して帰っていった。

 その時から、ニックの人生に変化が訪れたのである。

 次の日、青年はお礼がしたい、と言ってニックの住まいへと尋ねてきた。何でも、お勧めの本を用意してくれたらしい。もうちょっと気の利いたものを用意すべきだった、と思っていたらしいが、どうやら逸る気持ちを抑えられないタイプの青年のようだ。

 貰える物は貰う主義で、尚且つこの青年の気持ちも素直に嬉しかったため、ニックは本を貰った訳なのだが、この内容が彼に大きな危機感を与えることになったのである。

 何が凄いかって言えば、表紙を含めた本の内容。
 様々なイイ男たちが生れたままの姿を曝け出し、絡み合い、とても口では言えないような、俗に言う『アッー』な内容で埋め尽くされており、最初から最後まで男たちのクライマックス状態だった代物である。

 しかも、この本をくれた青年は、帰り際、熱の篭った目でこっちを見た後、こう呟いてから帰っていった。

『次に来る時は、もっとステキなお礼を持ってきますよ……』

 これに危機感を覚えずにして、何に危機感を覚えろと言うのか!
 この言葉では表しきれない恐怖を前に、ニックは青年に見つかる前に引越しすることを心に誓ったのである。





「……それはまた、お前も苦労したんだな」

 問題の青年であるリドンがトイレでこの場にいないことをいいことに、ニックは彼との経緯をエリックとマーティオの二人に話し終えていた。
 この話の内容として、特に恐ろしいのがリドンが始めてニックの部屋にやってきたことである。

 そもそもにして、何故彼はニックの住所を知っていたのだろうか。
 ニックの話によると、彼には住所は話さなかったらしい。
 だが、よくよく考えてみるとこんなに豪華な家に引っ越したんだから、それだけでかなり目立つ気がする。結果的には先程まで気付かれなかったとはいえ、この老人は何処か抜けているようだ。

「こいつぁ、よっぽど気に入られてるなニック。まるで子供が玩具を見つけたみたいな光景じゃねーか」

 マーティオは笑いながら言うが、ニックにとっては冗談にならない台詞だった。

「馬鹿言っちゃいかん。ワシがトイレに行く時、彼が『それじゃあ僕も……』とか言ってその場でベルトを外そうとした時は、流石のワシも肝が冷えたわい!」

「……そこまで行くか」

 半ば呆れるような目でニックを見るマーティオ。
 既に今のニックは肉食動物に補足された哀れな草食動物も同然。このままでは流されるがままにニックは捕食されてしまうだろう。そのままの意味で。

「でもさ」

 だが、そんな危機的状況のニックを前に、エリックはこう言い放った。

「世間的に厳しいだろうけど、これも一種の愛の形なんだよなー……要はニックが受け入れちゃえばいい訳で」

「な、何でそうなるのかなー!?」

 無責任にも程がある発言に当然のことながら怒り出すニック。
 だが、エリックは何か悟ったような目で語りだした。

「落ち着いて考えても見て欲しい……一般的に、男と女がくっ付くのは、恐らく本能的なものだ。ニック、お前もそういうの好きだろ?」

「うん、当然」

 全力で頷いて見せるニック。

「そこで、話を変えてみようか。ニック、お前は顔は綺麗でスタイル抜群――要するに好みのタイプの奴ではあるが、性格が物凄く気に入らない奴と、どんな容姿であれ全力で自分を愛してくれる奴……どっちがいい?」

「……取りあえず、ワシ的に後者かな?」

 前者の場合は、少しの間とはいえマーティオと過ごした日々でかなり参っている。
 故に、ニックは本能的に後者を選んでしまったのだろう。だが、基本的にビバ☆バイオレンスな過激で精神的にも参る暴力的な生活が続くのだけはどうしても避けたいのである。

「そうだろう? ならいいじゃないか。例え男だろうと、奴はお前さんに感謝していて、尚且つ大切に思っている気持ちは確かだ。……もうこんなチャンスないよ?」

「いやいやいや! チャンスと言われても困るよワシはー!?」

「大丈夫。俺みたいな末期のオタクはノーマルだろうが百合だろうがガチホモだって認めちゃう奴なんだぜ? 式の時は遠慮なく呼んでくれ。全力で祝福してやるよ」

「話進みすぎじゃないかな君ー!? マーティオだってそう思うよね!? ね!?」

 ニックに話をふられ、何処か困ったような顔をするマーティオ。
 普段あまり見ない顔なので珍しい光景ではあるのだが、ニックにとってはそんな場合ではなかった。

「そーだな……俺としては、最早『好きにしてください』としか言いようがない」

「分りきっていたけど白状な発言だねー!?」

 既に二人は『二人の恋を応援しますよ』モードに突入している。
 つまるところ、ニックに味方はいなくなってしまったのである。

「取りあえず、こっちとしては荷物を必要最小限のものは纏めたからOKなんだが……ニック、俺たちもう帰っていい?」

 エリックがリュックサックを片手に背負って立ち上がると、ニックは泣きながらエリックの足を捕まえる。

「嫌、お願い! ワシを見捨てないで! せめて、せめてワシも連れて行ってくださいませんか神様仏様エリック様ー!」

「ええい、気色悪い! 離せ! 寧ろHA☆NA☆SEと言わざるを得ない!」

 横にいるマーティオはこの光景を見て、やれやれ、と呆れていた訳だが、其処で彼は気付いた。

「ん?」

 部屋の入り口。

 その扉が空いた状態で、『信じられない』とでも言わんばかりに呆然と口が開いた状態で、リドンが突っ立っていたのである。


 彼の存在に気付いたマーティオは、ここで頭を回転させて状況を考えてみる。

 
 先ず、扉にいるのは唖然としているニックLOVEの青年、リドン。ニックに誘われたらホイホイとトイレに連れて行かれてしまうだろう。

 そしてその視線の先にいるのはエリックの足にしがみ付いて、涙を流しながら『ワシも連れて行って』とせがんでいる彼の想い人ニックの姿。

 
 恋愛に関してはそんなに経験がある訳ではないが、この光景を見たマーティオは思った。

(どう見てもリドン→ニック×エリックにしか見えん……いかん。俺の頭が悪いのか?)

 今、勘違いとはいえこの場に不思議な三角関係が出来上がってしまっていたのである。
 状況を最初から理解している者が見たら即座に否定できるのだが、今この場に来たリドンにソレを求めても、無意味な話なのだ。

「に、ニックさん……そうですか、あなた達はそのような関係なんですね?」

 がたがた、と震えながらも精一杯口を動かし、言葉を吐き出すリドン。その目から今にも涙が溢れようとしているのは決して気のせいではないはずだ。

「ん?」

「む?」

 その言葉に気付き、ようやくリドンの存在を認めたエリックとニック。
 だが、彼からは異様な雰囲気と言うか、オーラが溢れ出ている。その迫力と来たら、まるで竜の如し。
 普段美術館や銀行に恐れられた怪盗シェルとイオ、その仲間の老人に何も言わせないほどの威圧を放っていたのである。

「中々僕のアプローチに気付いてくれないと思っていたら、そんなに彼のペ○スがいいんですか!?」

『いやいやいや、ちょっと待てお前!』

 青年のトンでもない発言を前に、思わず突っ込みを入れてしまうエリックとニック。
 尚、マーティオはどうでもよさそうに煙草を吸っていた。我関せず、とはこのことである。

「僕だってそれなりに場数を踏んできています。さあ、彼のペニ○と比べてみて下さい! そして、僕と合体しようじゃありませんか!」

 最早ヤケクソになっているのか、三人の前で堂々と上着とズボンを脱ぎ捨て、一瞬にして全裸になった青年。モザイクが必須な状況である。
 流石にこの状況では何をされるか分らない為、エリックは慌てて誤解を解こうとする。

「いや待て青年! 間違いを犯そうとするんじゃない! いいか、俺はノーマルも百合もホモも認めてやる。だが、それはあくまで『双方の合意』があった場合だ! 俺自身は至ってノーマルですよって、聞いてますか青年ー!?」

 慌てるエリックを他所に、じりじりと距離を詰めてくるリドン。両脚の間に生える第三の足が獣のように吼え始め、獲物を見つけたその牙は静かにエリックたちへと構えられる。

「さあ、ニックさん。四つん這いになって、お尻をこちらに向けてください。大丈夫です。痛いのは最初だけですから」

「いやいやいや! ワシ、そんな趣味ないよ!? ほら、マーティオも何か彼に言ってあげなさい!」

 すると、ふてぶてしくソファーに座っていたマーティオは、欠伸をしながら言い放った。

「やるなら他所でやれ。俺に老人の醜い絡みシーンを見せる気か?」

「止める気全くないね君ー!? と言うか、何気に発言酷っ!?」

「そうです。ニックさんのような人が醜いはずありません。寧ろ、僕が美しく攻め立ててあげます!」

「君少し落ち着くべきだよねちょっとー!?」

 だが、リドン青年の動きは止まることを知らない。それどころか、一番落ち着いて欲しい部分は、落ち着くどころか更に猛り始めているではないか。
 このまま誤解がある状態では自分も何をされたものか分らないエリックは、自身の身を確実に守るために最後の手段に挑んだ。

「よし、ニック。……奴を受け入れるんだ」

「嫌じゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 ニックを一瞬でねじ伏せ、そのまま彼の尻をリドン青年に向けるエリック。最早どうにでもなれ、と言った感じである。
 ソレを見たリドンは、下半身から生えるグロテスクな『モノ』をニックに向けつつも、老人の尻に手を伸ばす。


 その時だった。

 
 今にもニックが掘られそうになったその瞬間、凄まじい揺れと轟音が響き、巨大な室内にいる彼等に襲い掛かる。
 
「うお!? 何だ!?」

 地震でも起きたのか、と思ったが、その考えがすぐに間違いであることを理解する。
 何故なら、窓の向こうから、巨大な黒い鋼の巨人――裏組織、イシュの開発した起動兵器『ディーゼル・ドラグーン』の姿が見えたからである。

 だが、一つ問題がある。

 元々イシュの開発したこの兵器は、当然ながら組織の関係者しか持っていないはずだ。だが、イシュと言う組織の大ボスであるウォルゲムが倒れた今、彼等は何をしようというのだろうか。

『おおーい、聞こえるかその家の中の奴等! 特にリドンとジジイ! お前等がいることは分かってるぜ!』

 だが、どうやら最終兵器関連ではないらしい。
 しかし、それでも疑問は残る。リドンとジジイ(ニック)がいることを知っていて襲撃したと言うことは、この黒いディーゼル・ドラグーンの標的は、今にも人に言えない事を行おうとしている二人と言うことになる。

『忘れたとは言わせないぜ! このオーグ様の顔と声、そしてこの逞しい筋肉をな!』

 オーグ、と言う男の言葉を聞いた瞬間、ニックのズボンを懸命に脱がしているリドンははっ、と我に返ってから気付く。

「オーグ……以前、僕と愛し合っていた男……!」

『マジでえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!?』

 衝撃的な告白を前に、思わず絶叫するエリックとニック。
 因みに、マーティオは頭を抱えて『マジかよ……』と呟いていた。







 外に出ると、ディーゼル・ドラグーンのコクピットからガタイのイイ男がこちらを見下ろしていた。

 流石に自分で褒めていただけあって、逞しすぎる筋肉が目を引いてしまう。
 もし、名前を聞く機会がなかったら全員で彼を『筋肉マッチョマン』と名づけていただろう。それほどまでにマッチョなのである。

「久しぶりだな、リドン。半年振りか?」

「オーグ。今更僕に何の用だい? もう僕等の関係は終わったんだよ……?」

 リドン(一応服は着ている)が言うと、オーグは鬼のような形相に顔を崩し、怒りを込めつつ叫んだ。

「ふざけんじゃねぇ! オメーが一方的に俺に別れてくれ、って言ってただけじゃねぇか! しかも、俺以外の男とヤってるのかと思いきや、あの時公園で俺の目にレモン汁をかけやがったジジイじゃねぇか!」

 拳をわなわなと震わせつつ、オーグは叫ぶ。
 自らの本音、そして不満を全てぶちまける為に。

「この俺の逞しい筋肉よりも、そんなジジイの方がイイってのかああああああああああああああああああああああ!!!!?」

「そうさ! 愛に年の差なんて物は関係ないのさ! 所詮、見た目の筋肉しか見ていない君では、僕のような真の愛は見えないだろうけどね!」

 この発言を聞いた瞬間、エリックとマーティオ、そしてニックは思った。


 何処から突っ込みを入れるべきなのだろうか、と。


 と言うか、正直に言うと何処か別の場所でやって欲しい気持ちで一杯だった。
 これ以上話をややこしくしないで欲しい訳である。

「真の愛だと!? 貴様とジジイのその愛が、俺の筋肉に勝るというのか!?」

「そうさ!」

 迷うことなく断言する辺り、リドンという青年の凄いところを見せ付けられた感じがする。

「筋肉も確かに素晴らしい要素であることは間違いない……だが、やはり僕はニックさんに対するこの胸の煌きとトキメキを信じたい!」

「そーかい。だがな、リドン。俺とてこんな代物をわざわざ入手してまでお前のところに来て、『はい、そうですか』と納得出来る訳がない」

 オーグは自身の入手したディーゼル・ドラグーンを指差し、言い放った。
 同時に、彼の逞しい筋肉が爆発を起し、筋肉の力だけで自身の上半身の上着を吹っ飛ばしてしまう。
 無駄な流れを見せた後、彼はディーゼル・ドラグーンから降り、真正面からリドンたちと相対した。

「この筋肉の力。俺の信じた筋肉の力が、果たしてお前の言う真の愛に勝てないのか……証明する時が来たようだな」

「望むところだ、オーグ。僕とて君の槍の様な筋肉に毎日貫かれてきた訳じゃない」

 何か今、非常に凄まじい発言が飛び出したような気がする。
 
「ジジイ!」

「は、はいいいいいいいいいいいい!!!」

 指を突きつけられた為か、ニックは過剰な反応を起してしまう。

「勝負だ。貴様がこの俺の筋肉に耐えられるか否かで、貴様を認めてやろうじゃないか」

 ソレは詰まり、こう言っているのである。


 や ら な い か? と。


 当然ながら18歳未満お断りな意味で、だ。

 ソレを理解した瞬間、ニックは身体中が汗だくになり、今にも逃げ出そうと回れ右するが、その前にリドンに捕獲される。

「駄目だ、オーグ! まだニックさんは僕のを受け入れていないんだ。それなのに君のを許すと思うのか!?」

「はん、そうかい」

 すると、オーグは不気味な笑みを浮かべつつ、リドンとニックに近づく。
 逞しすぎる筋肉と迫力が合わさり、まるで獅子のような威圧を感じる訳だが、それでも怯まないリドンは立派である。だが、その影にいる老人はもう泣いていた。

「なら、無理矢理ねじ込んでしまうまでだ」

 オーグがリドンを片手で突き飛ばし、ニックの服に手を伸ばす。
 恐怖のあまり逃げ出そうとするニックだったが、時既に遅し。彼の上着はオーグの太い腕によって引き千切られ、ズボンもあっという間に脱がされていく。

「い、嫌じゃ! 誰か助けてええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」

 今にもブリーフが脱がされようとしているニックの悲痛な叫び。
 だが、彼の近くにいる二人の青年――エリックとマーティオは我関せず、と言った調子でオーグのディーゼル・ドラグーンを眺めていた。
 出来るだけ横の惨劇に気付かないフリをしながら、である。

「……エリック、コイツをどう思う?」

 マーティオが真剣な顔で問うと、エリックも同じく真剣な顔で答えた。

「ああ。凄くでかいな。さっきの奴のズボン越しでもよくわかったぜ」

「そっちじゃねぇ。筋肉馬鹿みたいな一般人が、やろうと思えばディーゼル・ドラグーンを入手できたこの現実をどう思うのか、と聞いているんだ」

 ああ、そっちね、とエリックはわざとらしく笑いながら答える。
 因みに、横では老人と青年が必死になって筋肉と戦っていた。戦況は不利であるといえる。火力が違いすぎるのだ。
 だが、そんな事を気にも留めない様子でエリックは続ける。

「多分、イシュが開発したディーゼル・ドラグーンが裏で流れるようになったんだろ。――――いや、もしかしたらイシュの構成員だった奴が誰かに技術を提供したのかもしれない」

 どちらにせよ、とエリックは続ける。

「一般でもこんな代物を手に入れれる時代になったって事は……警官や軍でも同じような動きがあってもおかしくないだろうな。だが、好都合だぜ」

 ああ、とマーティオは頷いて見せる。
 その顔に凶悪な笑みを浮かべながら。

「これでエルウィーラーの奴等が来ても、前よりは簡単に行かないだろうな。兎に角、地球の軍事力が上がるキッカケにはなるだろ。後残る問題は、やっぱアレだな」

 問題はエルウィーラー星に行く手段。
 宇宙船の確保、である。

 だが、彼等とて決して馬鹿ではない。ただ闇雲に探そうとは思ってはいないのだ。

「じゃあ、マーティオ。俺はこれから先輩と合流してから、Drピートって奴に協力してもらいに行くぜ」

「ああ、俺はキョーヤとネオンと一緒に日本……正確に言えば京都の知人を当たってみる。何か怪しい情報があるかもしれんからな」

 じゃあ、と言うと、お互いに回れ右。
 横で起きている惨状を無視して、そのまま自分たちの目的地へと向かう。

「アッ―――――――!」

 尚、この後老人が筋肉男と青年により、悲痛な悲鳴を上げることになった訳だが、その日から毎日のように男たちの叫びがニック邸から響いてきたと言う。
 因みに、この日からニック邸には青年と筋肉男が住まうことになり、近所の人の話によると、何故か彼等は揃って同じトイレに入っていくらしい。

 果たしてその行為にどのような意味があるのかは知らないのだが、近所の人としてはあまり知りたくない事であった。





 続く



次回予告


マーティオ「再びやってきた俺とネオン、そして初めて京都にやってきたキョーヤの前に現れたのは、何とあのダーク・キリヤだった!」

狂夜「マーティオへのリベンジに燃える彼女の猛攻撃。反撃すら許さない彼女の攻撃に、最終兵器のレベル4を使いたいマーティオだけども、今は月が出ていなくて使い物にならない状況だった!」

棗「だがそんな時、最終兵器サイズは思いもよらない形でマーティオに力を与えてしまったのだけども……何ともコメントの付け難いことになってるわ」

ネオン「……次回、『あいあむ、ストロンガー』。……マーティオ、お願いだから、元に戻って」

狂夜「……ある意味貴重ではあるよねぇ、これは」






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